エンタメ力向上計画!!~クリエイター自伝漫画が売れているワケ~

みなさんこんにちは。美少女プロジェクトチームから4度目、イワサです。僕のいるオフィスの一画には、いろんなアニメのポスターやタペストリーが貼ってあります。これを貼ることで、一定の人をおびき寄せ仲間を増やし、また一定の人を遠ざけ面倒事を避けることができます。

皆さんも是非職場でお試しください。最初の一歩が肝心です。さぁ。

さて、美少女プロジェクトチームでは業務の一環で、毎月、主に漫画とライトノベルを対象に、エンターテイメントを理解・科学するという目的で、テーマ性をもって作品を紹介する取り組みをしています。前回に引き続き、今日もいくつかご紹介したいと思います。


ハイコンテクスト消費

今日のテーマは「ハイコンテクスト消費」です。ハイコンテクストとは、物事の抽象度が高く、その生まれた歴史や進化の過程を理解して初めて意図が理解できるような物事の有様を指します。平たく言うならば、「ワカってないと面白くない」ものです。

実は日本に古くからあるエンタメの多くは、ハイコンテクスト消費です。

例えば古典落語。江戸時代の風習や、大家と店子等の人間関係のパターンを知らないと面白さがわかりません。他にも俳句。俳句に使われる言葉の多くが、過去の有名な歌で用いられた経緯を踏まえて特別な意趣を持ちます。季語はその端的な例でしょう。「鳥雲に」で春の季語なんて、昔の歌を知らなければ決して理解できません。


さて、今日はそんなハイコンテクスト消費のテーマとして2つ取り上げたいと思います。


クリエイター自伝漫画は売れる要素だらけ

近年、有名な漫画家の生い立ちを漫画で表現した作品が流行っています。そういった作品の最初のヒット作が吾妻ひでおの「失踪日記」です。ヒットギャグ漫画家としてこの世の春を謳歌していた日々から、突如筆を折り、失踪してホームレス化した転落の過程を赤裸々かつ淡々と描いた名作です。日本漫画家協会賞大賞をとって一時期本屋に平積みになっていたのでオレンジ色の表紙になじみのある方も多いでしょう。

最近はこういった極度にドラマティックなものだけでなく、もう少しマイルドなものが多数売れてきています。例えば東村アキコの「かくかくしかじか」。東村アキコは「ママはテンパリスト」という子育てエッセイマンガで突如ヒット作家の仲間入りしたギャグ漫画家です。ただの漫画好きだった彼女が、絵画教室でしごかれ、美大で無為に過ごし、さまざまな奇人変人と出会いながら漫画家になるまでの半生を、時にほろ苦く、しかし面白おかしく描いたのが「かくかくしかじか」です。

東村アキコ著 「かくかくしかじか」

東村アキコ著 「かくかくしかじか」

「炎の転校生」で一世を風靡した島本和彦の「アオイホノオ」もジワジワ人気を集めています。こちらもモチーフはほぼ同じなのですが、とにかく環境がすごい。エヴァンゲリオンを生み出した庵野秀明を筆頭に、今の漫画・アニメシーンを引っ張っている天才たちに囲まれ、自分の才能に猛烈に苦しむ島本和彦の、己の才能の限界に抗う姿を見ることができます。どこまでも熱い名作です。(ちなみにドラマ化が決定しました。)

特に同世代の高橋留美子(うる星やつら、犬夜叉等)に猛烈に嫉妬する様は必見です。「僕は、高橋留美子のように!!ちゃっちゃっちゃっとタイミングだけで描いて!なんか個性が認められて!忙しいときは一発描きでいけそうな感じの!!そんな漫画家を目指してるんですよ!!」

 

さて、こういった作品はどうして売れるのでしょうか?

 

個人的には3つ要素があると思います。1つ目は「ファン層との共通項」です。誰もが人生のどこかで、漫画家や作家にあこがれた時期があります。そんな時に味わった悶々とした不安や根拠のない全能感、それをあけすけと見せてくれる漫画家の自伝漫画は、共感するポイントだらけです。例えば、島本和彦がアニメを繰り返し見るために友達にビデオデッキを借りて、テープが擦り切れんばかりに繰り返しアニメをコマ送りで見る・・・誰もが一度はやったことある「あるある」なのではないでしょうか。

そして二つ目は「努力・根性・勝利」。自伝漫画の作者はすべからくヒット漫画家です。そして彼らは生まれながらにヒット漫画家だったわけではなく、悶々と努力した学生時代、売れなくて辛酸をなめ続けた新人時代、そしてヒット作で時代を切り開いた時代を、段階を踏んでステップアップしていきます。

そこには、努力!根性!勝利!という誰もが大好きな物語のお約束がふんだんに含まれています。

例えば、「かくかくしかじか」にて東村アキコが初めて漫画の投稿で賞を取るシーン。美大卒業後に夢破れて実家に帰り、昼はコールセンターで働きながら、このままOLになりたくない一心で夜は漫画を描きまくり、そしてついに投稿漫画で賞を取ったとき、アキコは黙ってガッツポーズをとりながら不敵に笑います。『本当に嬉しい時、人は「ヤッター☆」とは言わない』。まさに努力!根性!勝利!

最後に三点目が「内輪ネタ・ネタ晴らし・裏話」です。「かくかくしかじか」や「アオイホノオ」ではあまり多くないのですが、「失踪日記」や、秋田書店の歴代手塚治虫担当編集による「ブラックジャック創作秘話」は、当時の巨匠たちの内輪ネタ、ネタばれが盛りだくさんです。当時の作品を読んでいた読者からすれば、「あれはそういう事情だったのか」「あの先生がそんな事をしてたのか!」と、目からうろこのネタだらけです。ネタはターゲットが狭ければ狭いほど尖って面白くなるとは言いますが、まさに内輪ネタやその筆頭。当時の状況を知るファンからすると、ネタバレが垂涎もののニュースバリューになるわけです。

こういった3つの理由のうち、1つ目と3つ目はまさにハイコンテクスト消費に拠ったものです。誰もが子供のときから漫画に慣れ親しんで、一時あこがれたり目指したりした過去がある状況だからこそ、その前提を最大限生かした「漫画家自伝漫画」が売れるのはある意味当然と言えるのでしょう。

島本和彦 著 「アオイホノオ」

島本和彦 著 「アオイホノオ」


ボカロ小説は新しいハイコンテクスト消費

さて、そんなハイコンテクスト消費は何も若い人たちに適用できないかというと、そういうものでもありません。逆に若い人向けの作品の中にこそ、より複雑なコンテクストを持つ作品が生まれてきています。そのひとつの例が「ボカロ小説」です。

現在アニメ放映中の「メカクシティアクターズ」は、実はアマチュアの方が書いた一連の曲が元になっています。彼らは「ボカロP」と呼ばれ、ニコニコ動画で初音ミク等のボーカロイドを用いた曲を発表してます。

そんなボカロPの一人、自然の敵P(じん)によるニコニコ動画で数千万アクセスをたたき出した曲をモチーフにした小説が「カゲロウデイズ」です。小説はあっという間にシリーズ累計200万部を超えるヒットとなり、この春に「メカクシティアクターズ」としてアニメ化されました。ヒットしているボカロ小説はこれだけではありません。歌劇にもなった黒うさPの「千本桜」や、悪ノ娘Pの「悪ノ娘」があります。本屋に行くとたくさん平積みされているのでびっくりすると思いますよ。

これらボカロ小説は、ニコニコ動画、初音ミク、ボカロPといったUGC(ユーザーによって生成されるコンテンツ)のコンテクストを持っています。これらはボーカロイドというキャラクターを共通項として持ちながら、それぞれの作品で別の物語の世界観を持っており、1人のボカロPの作品の中で、複数の曲を通してひとつのシェアードワールドが表現されます。そしてその一部がPVとなり、小説となります。

その結果、小説を読んだだけでは意味不明、ボカロ曲を聴いただけでも意味不明、ボカロ曲のPVを見ただけでも意味不明、ただし全部を見るとあら不思議、すごく良くわかって面白い・・・という非常に高度なハイコンテクスト消費ものが生まれました。ニコニコ動画の生み出した、あらゆる意味で一番尖っているコンテンツです。


コンテクストを作れ!

そんな新たなコンテンツを生み出すニコニコ動画ですが、インタビューにてある哲学者は「長期的に見たら、オタク文化は滅びる。これだけハイコンテクストになって、市場も縮小していたら、それは滅びるだろうと思っている」と述べています。果たして本当に滅びるのでしょうか?

個人的には、違うと考えます。ハイコンテクスト化は過去何度も起こってきたものであり、止めることのできない事象です。「滅びる・滅びない」の議論ではなくライフサイクルの一環として受け止め、活用すべきものでしかないと思っています。

例えば、西洋美術史でも、12世紀の質素なロマネスク様式が時間をかけて煮詰まり、14世紀までかけてゴシック様式と呼ばれる複雑なものに変質していった後、15世紀にルネサンスにて再度シンプル化がなされたのと同様に、煮詰まったオタク文化もどこかでシンプルになる瞬間があると思います。そういったライフサイクルを経ながら、ユーザー数が重層的に増え、市場が拡大していくのでしょう。

クリエイターとして「今」大事なのは、今のユーザーに対して響くコンテクストを提示し、活用しているか?という点です。ボカロ小説がわからないからといって無視するのはもってのほか。自分が理解している古臭いコンテクストを振りかざして、ユーザーとの距離を広げてわかってもらえないと愚痴るのも愚の骨頂でしょう。自分がそうなっていないか、常に市場に自分の身をおいて、今の市場のコンテクストを理解し続ける努力が、クリエイターには求められます。

これはひとつの例でしかないのですが、ソーシャルゲームでは、三国志ものが非常に多く、また人気なのですが、「三国志テクスト」はこれからもずっとゲームユーザーにとって自然なものなのでしょうか?横山光輝による漫画版「三国志」を読む機会もないユーザーにとって、三国志とは女体化した武将の記号の集合や、「げえっ!関羽」といったコピペネタでしかなくなる可能性があります。・・・そうなった際、それはユーザーを呼べるようなコンテクストでしょうか。

さて、三国志はともかく、自伝漫画やボカロ小説を読んでみると、ハイコンテクスト消費の面白さや可能性に気づかされます。市場を広く見て、ヒット作を分析する事で、ヒットコンテンツの生み出し方に新たな方程式や考え方が生み出せそうで面白くはないでしょうか。


美少女Mobageはコチラ

美少女Mobageはコチラ